2021年12月13日、龍谷大学犯罪学研究センターATA-net研究センターの共催で、連続ティーチン第11回 「こんにちは。ハームリダクション東京です。子どもや女性も”薬物”を使うことがあるって安心して話せる社会になるために」を、オンライン開催し、約60名が参加しました。講師は、古藤吾郎氏(日本薬物政策アドボカシーネットワーク(NYAN)が担当し、国連の動向や日本の政策、ハーム・リダクションなどについて報告いただき、質疑応答が行われました。キーワードは、「司法と保健の複雑なバランス」でした。
写真左上:古藤吾郎氏/右上:加藤 武士研究員/下:石塚伸一教授
目次:
1.ハーム・リダクションと出会った経緯
2.大麻の規制をめぐる国連の動き
3.日本に不足していることと、日本でできること
4.コロナ禍にはじめたこと
1.ハーム・リダクション*1と出会った経緯
ピア教育がきっかけでアメリカの大学院へ進学し、ドラッグ使用の分野においてインターンを行うことになり、ハーム・リダクションと出会いました。その後、「NPO法人アパリ」で健康教育の情報発信や、感染症のワークショップなどを通してハーム・リダクションについて伝えていく活動をするようになったのです。「ドラッグOKトーク」というドラッグに関するホットライン(電話相談)の開設などを経て国際的な団体とつながるようになり、2015年に健康や人権を重視するより良い薬物政策の発展のために活動するネットワーク・プロジェクト「NYAN」を立ち上げ、国連の会議などにも参加するようになりました。

 

2.大麻の規制をめぐる国連の動き
世界の薬物問題への取り組みの土台となる、麻薬関連諸条約(3つの条約)があります。
なにを薬物とするのか、その薬物をどう規制するべきか、などが条約のなかで規定されています。ここ何年にもわたって、条約上の大麻に関する規制をアップデートしようという動きがありました。
国際的な薬物対策をどうするか決めるその中枢にあるのは、CND(麻薬委員会)で、委員は個人ではなく、国連加盟国のうちの53カ国が委員に選ばれます。大麻に関する条約のアップデートもこの委員が最終決定しました。
CNDの会議が開催されるときは、各国から代表団が組まれて参加します。各国の代表団の構成は、その国の薬物対策によって特色が異なります。大まかに分類すると、司法・保健のバランスが均衡している国と、司法のバランスが大きい国です。例えば前者は、薬物の需要と供給のうち、需要(使用)については保健、一方で製造や販売、密輸など供給への対策は司法というバランスの国です。後者は、需要対策も供給対策も司法のバランスが大きい国です。
特色が分かれる53の国が、同じ事項に対して、議論し決議することになります。条約上の大麻の規制のアップデートでは、2020年12月に53カ国の委員による投票で、一つだけ採択されました。それは大麻と大麻樹脂について、医療上の有用性がない、というグループから外す、ということです(賛成27、反対25、棄権1)。日本政府は、「大麻の規制が緩和されたとの誤解を招き、大麻の乱用を助長するおそれがあるため」と反対したことを発表しています。
国連は薬物をしっかりと規制する必要があるという立場であると同時に、軽微な問題(個人使用やそのための所持など)に厳罰を処することには懸念を示しています。
大麻に限らず、軽微な薬物事犯に対しては、有罪判決や刑罰に代わる方法で、そして司法的な関わりではなく、保健的な関わりで対応することを推奨しています。
さらには、子どもや未成年に与える影響についても考える必要があります。厳罰対策の国では、子どもたちにも厳しく取り締まりが行われます。麻薬関連条約では、子どもについて踏み込んで言及していませんが、子どもの権利条約第33条では、薬物の不正な使用から子どもを保護するためのあらゆる適当な措置をとることが明記されています。厳罰以外の方法で保護する対策を選ぶことができます。

 

3.日本に不足していることと、日本でできること
日本は、司法の枠組みでできる保健的な対策をつくりあげてきたし、道を切り開いてきました。同時に、保健側も官民に関係なく、地域でできることをこつこつと開拓してきたと言えます。注力したいことは、地域の保健的な関わりがさらに豊かになることです。薬物依存症の回復・治療の取り組みは、これからもますます多様化し発展していくでしょう。同時に、薬物依存症のため、という看板では、馴染まない、関心をもちにくい人がいる、という現実があります。地域には依存症とは異なる視点のサービスが、さらなる選択肢として利用可能になることが、待ったなしで必要であると考えます。それはユーザーを中心にした健康や生活の支援です。ハーム・リダクションの導入が鍵となります。

  • 代表的なハーム・リダクション:
  • 衛生的に使用するための注射器やグッズの配布
  • 代替薬・麻薬の処方
  • 薬物を使う場所の提供
  • 健康情報の提供
  • 麻薬栽培からの転換・農家への支援
  • 非犯罪化政策

ハーム・リダクションを実践するためには、日本のような厳罰政策の国は、まず非犯罪化など政策が変わらないと実現できない、と考えられたりしやすいです。ただ、世界を見ると、それが逆であることがわかります。多くの国ではハームリダクションが実践されているけど、その社会では、大なり小なり刑罰が与えられています。地域で当たり前にハームリダクションが展開されていって、そういった活動が何年も続くなかでようやく非犯罪化への道が開けていきます。だから、ハームリダクションを学ぶなかで着目するのは、欧米諸国以上に、厳罰がありながらハームリダクションを実践するアジア諸国での活動です。
薬物の問題がとても小さいから、つまり薬物を使っている人が少ないから、厳罰政策が効果的と正当化されることがあります。
薬物を使う人の数が少ない(ように見える)けれど、困ったことがあるときに本人も身近にいる人も安心して相談できない社会より、本人も身近にいる人も安心して相談できる社会の方が、誰にとっても暮らしやすい社会になっているはずです。

古藤氏による報告のようす

4.コロナ禍にはじめたこと
コロナ禍においてもドラッグを使う日常があります。日本では市販薬や処方薬などの過量摂取(オーバードーズ)がますます顕在化しています。市販薬・処方薬は薬物とは違うように思われるかもしれませんが、麻薬関連諸条約で規制対象になっているさまざまな向精神薬があります。
米国で学んだハーム・リダクションでは、本人が来るのではなく、こちらから出向いていく(アウトリーチ)、そこでハードルの低いサービスを提供することを非常に大切にしていました。そこで、2021年6月に「ハームリダクション東京」を立ち上げ、オンライン空間にアウトリーチし、薬物・クスリのことを何でも安心して話せるチャットサービスを始めました。誰にも話せなかった、話していいことと思わなかった、そう語るユーザーたちとたくさんやりとりしています。
世界は医療用大麻や大麻の娯楽使用の合法化・事業化が進んでいて、国連も否応なくその波にのみ込まれています。同時にそうした変化に警戒する国々もでてきます。いまの日本は、大麻使用罪ができてもしかたがないという社会です。厳罰で向き合う必要がない、となるためには、地域の親切な支援がもっと豊かになってゆくことが不可欠です。地道にできるところからはじめ、それが広がったその先に、子どもも女性も男性も、誰でも薬物を使うことがあってもおかしくないし、困った時には安心して話せる、そういう社会になれると願い、活動を続けています。

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*1 ハーム・リダクション:
薬物政策の手法の一つ(ハーム・リダクション=害悪の軽減)。欧州では、一定の要件のもと、清潔な注射針や代替薬物を提供したり、自己使用の非犯罪化・少量所持の非刑罰化するなどして、当事者や地域社会への害悪を減らすための政策が実施されています。