2021年5月7日、龍谷大学犯罪学研究センターとATA-net研究センター共催で第5回目のティーチン「薬物政策としての大麻政策-政策としての歴史的文脈と現在の論点-」がオンライン上で実施され、約90名が参加しました。今回は関西学院大学社会学部の佐藤哲彦教授より、歴史的資料・国際的統計・国際的政策動向の観点から大麻政策についてご報告いただき、意見交換が行われました。

 

佐藤哲彦(関西学院大学社会学部教授)

 

 

目次

1.なぜ薬物政策なのか

2.薬物政策史から考える大麻取締法(日本)

3.大麻課税法制定(米)の経緯をめぐって

4.大麻をめぐる非犯罪化や合法化の基盤

5.薬物政策として大麻政策を考えるということ

6.質疑応答(一部抜粋)

 

1.なぜ薬物政策なのか

日本で薬物のことを考えるときには医療的、刑事的な視点が中心ですが、本来それらは大きな政策の一部を構成する要素です。つまり、薬物政策という観点からは、依存などの問題はあくまで全体の一部ということを認識する必要があります。世界で最もポピュラーな薬物問題の統計である世界薬物報告(World Drug Report)から考えてみたいと思います。この統計では依存に代表される問題を薬物使用障害と呼びます。そこで示されている重要な点は、薬物使用障害が薬物使用のごく一部の現象であることです。もちろん、だから問題ないと言っているわけではなくて、薬物政策を考える際には薬物使用障害を中心にするのではなく、薬物使用全体を考えなくてはいけないということです。

2020年版世界薬物報告によれば、2018年の過去1年に何らかの薬物を使用した人は世界中で2億6900万人でした。そのうち3560万人が薬物使用障害に苦しんでいると推計されています。これは15歳から64歳までの人口の0.7%にあたりますが、同時に、薬物使用障害は薬物使用者全体の約13%だということになります。つまり、世界薬物報告が示していることは、依存や急性反応を含めた治療が必要とされるような薬物使用障害は、薬物使用者の1割強に過ぎないということです。本来の薬物政策は、覚せい剤であれ、大麻であれ、薬物使用障害も含めた薬物使用全体を対象とした政策であって、とくに9割近くを占める薬物使用に向けた政策である必要があるということなのです。

 

2.薬物政策史から考える大麻取締法(日本)

日本では1948年に大麻取締法ができました。これは戦後、アメリカ合衆国軍を中心とした連合国軍最高司令部GHQの要請によって作られたものです。当時内閣法制局に勤めていた林修三はGHQのそのような指示について驚いたことを書き残しています。それというのも、日本で大麻は生活に密着した植物だったからです。たとえば、戦前の高等小学校の教科書には「大麻は人間にとってどんな利益がありますか。」「茎から繊維をとって布、糸、縄などを製し又下駄の緒、草履の裏などに作ります。」「どんな形をしている植物でしょうか。」などとあります。大麻取締法制定以前の日本において、大麻の認識はこのようなものでした。しかしアメリカの大麻課税法にもとづいて、占領下の日本でもアメリカ同様の禁止政策が導入されることになったのです。

 

 

3.大麻課税法(米)制定の経緯をめぐって
アメリカでは1937年に大麻課税法ができました。背景には、大きく分けて2つの有色人種の大麻使用に対するアメリカ社会の姿勢が関わっていると考えられます。

1つは、南部の黒人による使用です。南部のニューオーリンズでは、1920年代から30年代にかけてニューオーリンズジャズが流行りましたが、そのとき、大麻に関するジャズもたくさん演奏されるようになりました。それだけ流行っていたということです。大麻は黒人によって、しかも赤線地帯を中心に使用されていることで問題視されるようになっていきました。行政からは殺人や自殺の原因とも言われるようにもなりました。

もう1つはメキシコ人労働者による大麻の使用です。20世紀に入りメキシコ人が農業労働者として中西部に居住するようになりました。1920年代になると国内経済が活発になり、他の地域にも工場労働者として入るようになりました。労働力として重宝される一方で、いまだ人種差別が当たり前であった時代でしたので、犯罪の原因とも考えられました。ところが1929年の大恐慌後に失業者が増えると、彼らの労働力が不要になり排除運動の対象になりました。特にアメリカ連合という排斥主義の団体が、ニューオーリンズの新聞やニューヨークタイムズなど、さまざまな新聞にメキシコ人排除の意見広告を出す活動を行いました。ナショナリズム的な考え方をベースにメキシコ人労働者排除とマリファナ排除をセットにして議論を展開していきました。

このような過程が何を示しているのかというと、薬物法制が、移民や外国人労働者、非白人を排除する手段として用いられたということです。これは、単なる歴史的経緯や昔話などでは済まされない要素を持っています。というのも、マイノリティーを排除する手段として薬物を使うという考え方や、マイノリティーと薬物の結びつきを考えることが、今日の薬物政策をめぐる議論の基盤を構成しているからです。これらは今でも、薬物について考える際には、社会的側面への着目の必要性を示しているのです。

 

4.大麻をめぐる非犯罪化や合法化の基盤

では、アメリカの州単位の合法化やカナダの連邦規模の合法化など、これまでの非犯罪化や合法化は、どのように説明されているのでしょうか。日本の学術論文では、大麻販売による税収の財源としての有用性ばかりが指摘されていますが、それは本当でしょうか。実はそれらの論文では、薬物政策の社会的要素が十分に理解されておらず、しかも政策の目的と機能が混同されています。

たとえば、オランダの1970年代の非犯罪化やそのもとになっている二軌道政策、つまり薬物をソフトとハードに分けて処遇する政策は歴史的にも有名です。当時のオランダでは、5人に1人の若者が大麻を吸っていることが調査で明らかになっていました。したがって、それまでのように大麻使用を犯罪のままにしておくと、彼らを犯罪者として取り締まることになるわけです。これはオランダ社会にとって大きな問題です。そこで社会的要素に着目した政策が議論され実施されました。それは、大麻を使うというような非制度的ライフスタイルへの寛容性であったり、使用者の健康と社会へ与える有害性を減少させるという観点であった一方で、組織犯罪に対しては厳しく取り締まるというものでした。使用者に対する姿勢からすると、大麻が使用者にもたらす以上の害を、犯罪化によってもたらすべきではないと考えられました。そしてとくに、大麻などソフトな薬物とヘロインなどのハードな薬物、それぞれの市場を分離することで、大麻の使用が麻薬使用へと発展するとした「飛び石理論」の成立を防ぐ工夫が行われたのです。市場が同一であることが、その成立を可能にしていると看破されたからです。

では今日、アメリカでは州単位で合法化が進んでいますが、その基礎にどのような発想があるのでしょうか。アメリカの大麻政策の社会的側面は人種差別に関係しています。人種差別はそもそも大麻課税法が成立した背景にあるものでした。しかし、それだけでなく、現代でも大麻使用による逮捕の可能性が人種によってずいぶん偏っていることが明らかになっています。たとえば、アメリカ自由人権協会(American Civil Liberties Union)、略してACLUというアメリカで最も影響力のあるNGOの調査によってもそれが示されています。ACLUの2013年の報告では、黒人と白人が人口的に同じ割合で大麻を使っていても、黒人の方が白人よりも平均して3.73倍大麻所持で逮捕されやすいという傾向が指摘されています。「人種的にバイアスのある逮捕に何十億ドルも浪費している」と批判されているのです。そこで、そのような差別的状況を解消するために、ACLUは大麻の合法化を推奨しました。ACLUは結論として「合法化こそが有色人種コミュニティーに狙いを定めた法執行を終わらせる最も賢く最も確実な方法であり、さらに言えば資金難に陥る州に歳入をもたらしつつ法執行のコストをなくすことだろう。州は節約され生み出された資金を公共教育や、薬物乱用治療を含めた公衆衛生プログラムに投資することができるかもしれない。」と論じたのです。

カナダにおける合法化もまた同様に、人種的な違いや経済的格差によって、大麻使用による逮捕やその犯罪歴をめぐる不平等を解決することを一つの目的として導入されました。長年にわたる調査結果を踏まえたカナダの大麻合法化は、社会的不平等を是正するための政策なのです。このように大麻合法化は、社会的あるいは社会経済的な要素の観点から理解する必要があるのです。

 

5.薬物政策として大麻政策を考えるということ

以上のように、薬物政策について考える際には、依存に代表される薬物使用障害などの医療的処遇について考えることではなくて、それが社会的にどういう意味を持つのかという社会的要素や社会的諸側面から考える必要があります。今まで見てきたように、薬物政策は、人種や民族、経済格差、地域格差などを助長したり、あるいはその上手な運用仕方によってはそれらを逆に解消したりするなど、社会政策の一端を担うものと考える必要があります。

さらに理解しておく必要があるのは、近年の国際的な大麻政策の変化には、その背景に医療大麻の一般化があるということです。それもまた薬物政策の一部です。医療大麻が一般化したのは、エイズやガン、慢性疼痛に見舞われている「患者の人生」をどのようにして価値あるものにするのか、という人権的な思想が基礎にあるからです。そして人種や民族による格差の解消もまた、使用者の人権の問題です。したがって薬物政策はそのような社会的観点から考え始める必要があるということを示しているのです。

 

6.質疑応答・議論(一部抜粋)
この報告に対し、以下のような議論が行われました。一部を紹介します。

 

参加者:大麻合法化した州の変化では、違法使用や大麻使用障害も増える傾向にあるそうです。日本でも非犯罪化した場合、全員が違法使用をするわけではないでしょうが、実数が増えると予想します。現在のスティグマによる社会に与える害や不幸になる人が多いか、それとも非犯罪化したことで大麻による精神障害のリスク増加や若者の使用で不幸になる人が多いか、慎重に見極める必要があると思います。

 

石塚伸一:社会学的な観点からそのような社会的コストを考えるのは非常に重要でしたよね。薬物政策もそうだと思います。

 

佐藤哲彦:非犯罪化すると実数が増えたりとか使用障害が増えたりすることもあるかもしれませんので、どういう人口学的なデータ、つまり、どういう社会階層のどういう年齢の人がそれを用いているのかというのが重要になると思います。そのような人口学的な調査やデータがそもそも調べられていない中で、法律の効果や機能を測定せずに禁止に踏み切ろうとしているのは解せないですよね。まずは社会的な調査を行わないといけないはずだと思います。

 

第6回記事へ

シリーズ 第6回ティーチイン「裁判所は大麻の〈有害性〉についてどのように考えてきたのか」

現在も大麻問題に関するティーチインは行われています。

参加お申し込みはこちら!(ATA-net)