2021年10月1日、龍谷大学犯罪学研究センターATA-net研究センターの共催で、連続ティーチン第9回 「薬物政策における世界の流れ、日本の流れ~日本で、いま、何が起きているのか?」を、オンライン開催し、約200名が参加しました。
今回は、厚生労働省「大麻等の薬物対策のあり方検討会」の委員をつとめられた松本俊彦さん(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター・精神保健研究所・薬物依存研究部部長)にご報告いただき、意見交換が行われました。以下では、ご報告と質疑応答の一部をご紹介します。
※なお、2022年1月現代人文社から発売予定の『大麻使用は犯罪か?—大麻政策とダイバーシティ(多様性)—』に、松本俊彦さんのご論稿が収録される予定です。ぜひお買い求めください。
目次:
1.大麻等の薬物対策のあり方検討会に出席して
2.なぜ、いま使用罪なのか?
3.大麻の健康被害は?
4.大麻使用罪創設でどう変わるか?

5.アメリカの大麻規制
6.おわりに
7.質疑の一部応答
 
1.大麻等の薬物対策のあり方検討会に出席して—なぜ、いま使用罪なのか?—
報告者:松本俊彦さん(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター・精神保健研究所・薬物依存研究部部長)
出席者には、治療や支援に携わる人が少なく、メンバーに偏りのある会議だと感じました。また、出席者の麻農家の方は、自分たちが作っている麻、大麻と、乱用されている大麻を一緒にして欲しくないというような発言がありました。かつてGHQによって麻を栽培すること自体が妨げられるようになった歴史的経緯については、どのように考えておられるのだろうと疑問に思いました。
委員のなかで最終的に使用罪に反対ということを明らかに表明したのは、3名でした。黙っていると自動的に賛成とするような仕組みだったので、最後に意向を明示しました。
 
2.なぜ、いま使用罪なのか?
難治性てんかんに対して、脳の外科的手術による治療を行おうとすると、脳の機能がかなり失われることがあります。すでにアメリカで承認されているエピディオレックスという医薬品の使用が認められれば、脳外科的手術が不要になります。表向きの理由としては、この医療用使用とバーターのようにして、使用罪の話が持ち上がってきました。
検討会で使用罪創設を取り上げる理由としては、大麻取締法の検挙者増加を抑止することや、インターネット上に氾濫している誤った知識が国民に広がるのを防ぎたいこと等を理由に挙げられました。
歴史的に先陣をきって大麻規制を進めてきた米国では、公約の中で大麻の連邦政府としての合法化を謳っていた民主党が政権をとったことにより、今後、がらりと方針を変える可能性が高い状況になりました。こうなるとやはり日本に外圧がかかってくる可能性があり、その前に使用罪を創設しておきたかったというのが、今のタイミングで使用罪を検討した理由の一つなのではないかと考えています。
使用罪を創設するには、当然根拠が必要です。例えば、大麻使用者による暴力事件や交通事故の増加であったり深刻な健康被害の存在が、その立法事実になるかもしれません。しかし、日本では、そもそも大麻取取締法自体に立法事実がないうえに、後で述べますが、さらに使用罪を創設して規制強化することを根拠づける立法事実もないわけです。
仮に、使用罪による検挙者が増加すれば、刑事手続や刑事施設への収容等のために多額の国家予算が必要となります。それは本当に税金の使い道として効率的なのでしょうか。諸外国、特に先進国が合法化したり非犯罪化したりする中で、日本が逆を行くことによって、外交上の問題は大丈夫なのかといったことなどをもっと広く議論してほしかったのですが、残念ながらそういう議論はなかったように思います。
私たちの入院病床のある精神科医療施設で、一定期間に治療を受けた全ての薬物患者の調査・分析を行ったところ、検挙者の増加によって健康被害を生じている人が増加しているわけでないことがわかりました。この結果を踏まえた議論はされませんでした。
それから、検討会の中では、コロラド州は大麻を合法化したことによって交通事故が増えたという例を引き合いに出されました。しかし、大麻が要因となっているのか、一時的な増加であるのか等、具体的なことはわかっていません。警察庁のデータを見てみると、粗暴犯は横ばいです。そして交通事犯は、むしろ年々下がっています。大麻使用者が増加しているとすれば、交通事故全体のデータにどこまで影響するかときちんと確認してほしかったと思います。
 
3.大麻の健康被害は? 
そして、神経精神薬理学者のデイビッド・ナット(David John Nutt)の研究によれば、カンナビスは安全とはいえませんが、アルコールやほかの薬物などに比べても、健康被害はさほど大きくないということがいえます。また、近年発表された海外の大麻に関する文献によれば、例えば大麻で依存症になる人は、使用頻度が高かったり使用期間が長い場合などが指摘されています。
まず、我々が認識しなければいけないのは、一般の地域住民が使用経験のある違法薬物として最も多いのが大麻であることです。その他方、精神科医療機関に来る薬物患者さんのうち、大麻の場合はとても少ないです。精神科医療で、医療的な問題として出てくるが少ないということに関して、大麻の健康被害をどう考えたらいいのでしょうか。国内の研究は、症例報告がほとんどであるため、多数例の定量的に基づいて有害性を明らかにすべきなのではないかと思いました。
そこで、NEUEOPSYCHOPHAMACOLOGY REPORTという雑誌に“Risk factors for the onset of dependence and chronic psychosis due to cannabis use: Survey of patients with cannabis-related psychiatric disorders”という論文を発表しました。
一年間病院を調査して、71症例を分析しました。その結果について国際疾病分類(ICD-10)を基準にみてみると、依存症の診断に該当する人は約6割弱いたこと、大麻の使用の如何を問わず、慢性的あるいは持続的な後遺症が残っているという方が約23%いることなどがわかりました。また、使用開始年齢や使用年数も調査し、他の精神作用物質も同時並行的に使用していた人は77.5%がそれに該当しました。一番多いのは覚せい剤、それからアルコール、その他の薬も使っていました。そういう意味で、純粋に大麻だけの健康被害を明らかにするという点では、非常に困難なことが明らかとなりました。そして、多変量解析による分析の結果、やはり使用期間が長いと依存症の診断がつく割合が多いことなどが明らかとなりました。
 
4.大麻使用罪創設でどう変わるか?
大麻成分のTHCは、尿中から検出される期間がとても長いことから、海外で使ってきた人たちが帰国後逮捕される可能性が非常に高く、大麻取締法で検挙される人が激増するのではないかと予想します。検討委員会では、収穫の時期に「麻農家が麻酔いをするということはないということが、実験によって証明されている」と示されました。しかし、自分が吸わなかったとしても、副流煙が充満する密室の中にいた場合、尿中からTHCが絶対に検出されないといえるのか、万一検出された場合、その人が使用していないということをどうやって証明したらいいのかという問題はまだ残されています。
それから、薬物の場合、起訴率が高いです。他の罪種の場合、初犯の場合や同種前科がない場合、被害者との示談が成立すると、不起訴になる可能性があります。ところが薬物に関しては、示談をする相手がいないので、結局起訴されて、前科がつくことになります。加えて、少年法が対象年齢を引き下げることによって、どんどん若者たちが前科者になっていくことが予想されます。スクールカウンセラーや学生相談のカウンセラーたちが、守秘義務を守って対応し、しかるべき社会資源につなげること、そして、守秘義務を優先したことによって、そのカウンセラーが、学校側から処罰を受けないことなどを担保する仕組みを作ることも課題です。
使用罪ができれば、莫大な税金が、この司法手続きや刑罰に使われることになります。さらに、生活に支障がなかったとしても、犯罪者になりたくないという理由からから何とかして辞めたいでもやめられないという人たちが出てきて、大麻使用障害と診断される人が増えると思います。
使用罪を作ったとしても、外国人旅行者等の逮捕者が続出したりして、外交圧力によって制度を見直さなければいけなくなってくるのではないかと考えています。そうすると、やはり、刑罰を科すことは回復にとって有効なのかも含めて考えなければなりません。
また、薬物の問題以外に精神障害が合併していると、再犯のリスクが高くなると指摘されています結局、本来病院にいるべき人が刑務所に蓄積して、ますます社会から疎外されてしまうという状況が、実際に覚せい剤の取締りによって起きています。同じことが大麻でも起きるのではないかと懸念しています。
 
5.アメリカの大麻規制
そもそも、米国がなぜ大麻を禁止したのかというと、決して大麻の乱用実態があったとか、大麻の健康被害や大麻による社会的な問題があったというわけではありません。第一次世界大戦に禁酒法が作られたものの、その後、大恐慌になり禁酒法が廃止されました。それにより、多くのアルコール捜査官が失職の危機にさらされ、これを阻止するために酒以外のものを禁止する必要に迫られたことや大麻を吸っていた移民への敵対的な感情の高まり等も関係しているといわれます。そして、アメリカをそれほどまでコントロールしたのは、麻薬局初代長官のハリー・アンスリンガー(Harry J. Anslinger)です。アメリカの薬物行政を30年も牛耳った人物で、強固な反マリファナキャンペーンを展開しました。当時の連邦政府の啓発映画『リーファー・マッドネス』などでは、大麻の有害性が荒唐無稽といってよいほど誇張され、歪曲されて喧伝されました。そして、国連が麻薬に対する単一条約を作るとき、当初はオピオイド類、アヘン類とコカインだけだったところ、強引に大麻まで「麻薬」のなかに含めさせたという経緯があります。
しかし、このように科学的な事実と乖離した極端な啓発というのはアメリカだけの問題ではありません。「覚せい剤やめますか、人間やめますか?」や「ダメ。絶対。」などのスローガンを利用して、戦時中の敵国に対するプロパガンダのようなものに似ている洗脳が長く日本でも行われてきました。その結果、人々を分断し、当事者や家族や治療や支援から疎外されていってしまったという経緯があります。
このような日本ですが、それでも多少良くなっているところはあります。これは、私たちの病院調査のデータによれば、医療にアクセスする患者さんが増えているということです。これは、日本の薬物問題の深刻化を意味するのではなく、医療へのアクセスが高まっていて、その中でやめている人が増えているということなのです。だから私としては、薬を使うと厳しく罰せられる社会ではなく、困った人がSOSを出しやすい社会にしてほしいという思いがあります。現状、法解釈で守秘義務を優先できますが、この守秘義務の行使を保障することを国からきちんと認めてほしかったです。また、麻薬中毒者の届け出制度というひどい人権侵害の制度があります。これを廃止してほしいということも検討会で発言しました。
 
6.おわりに
検討会では、大麻使用を犯罪化することの「負の側面」について、もっと様々な分野の有識者によって、徹底的に論じてほしかったと思っています。むしろ、「大麻は悪である」ということを前提に議論が進んでいたような気がします。
また、使用罪創設を容認しつつも、刑罰を最小化するような意見も必要だったのではないかとも思います。あるいは、アルコールやギャンブルと同様、薬物にも基本法を作るというように、別次元から規制を行った方が良いのではないかとも考え始めています。
 
7.質疑の一部応答(以下、敬称略)
写真左:石塚伸一教授/写真右:松本俊彦さん
参加者:薬物依存者対策基本法を作るのというのは、具体的にはどのようものを想定していますか。基本法ができた場合は、薬物政策にどのような影響が生じるのでしょうか。松本俊彦:治療の場に来た人や相談に来た人などに関しては、本人の利益を優先し、「困っていること」への対応を遵守すべきことや、刑罰以外の処遇をもっと具体的に進める内容などを想定しています。基本法を作ることにより、「ダメ。ゼッタイ。」というスローガンで負の烙印を押すような、当事者や家族を孤立させる啓発が変えられると思います。

石塚伸一:世界的に薬物政策は、治療をどうやって実効あるものにするかという方向に進んでいるときに、「ダメ。ゼッタイ。」は、その障壁になっていると思います。薬の相談をしたいと思った人が、相談室に貼られた「ダメ。ゼッタイ。」のポスターをみたときに、相談できるかどうかを考えれば、すぐわかることなのですが。結局、現場に携わる方たちが『これはあまり意味が無いから貼るのやめませんか』といえるようにするには、基本法をひとつの考え方として、基本原理を変えるということですよね。

参加者:薬物使用者は、検挙されることによって、社会から排除されるとか、余計に生きづらくなるというのは、どういうことですか。

松本俊彦:定職に就いていた人の場合、特に、専門職の人の場合などには、就職先が全くなくなります。そのあといくら頑張ったとしても、検挙されなければ到達していたはずのポジションにつくことが不可能になります。履歴書に逮捕歴や刑務所に服役したことなどを書いたら、雇ってくれるところはないですよね。雇ってくれるところがあったとしても、雇い主や同僚が薬を使っているところだったりして、結局自分もまた薬を使うようになってしまう。でも、経歴を隠して会社入ると、今度は同僚と仲良くなりすぎないように常に注意しているんです。だから、どれだけ時間がたっても孤独なままというか。そんな状況のなかで、また薬が生活に入り込んできてしまうという、ところもあるんです。例えば、コミュニティの中で大切な人がたまたま薬を持っていて、それを使わないとその人との繋がりが切れてしまうと思い、やはり使ってしまうという人もいます。有能で社会貢献できるような人でも、逮捕されてしまえば、再就職先などが本当に見つからないんです。

石塚先生:本当に社会的なスティグマが厳しいですよね。それで社会的スティグマが与えられるにふさわしいような行為なのかどうかということが、この大麻使用罪のアンバランスさを一番感じさせるところです。

松本先生:そうなんです。暴力事件を起こしても示談によって前科がつかずに活躍している人もいます。でも薬物で、大麻で捕まった人は示談もできず、職や生活が根こそぎ奪われたりするんですよね。

石塚先生:薬物に対する偏見とスティグマは、歴史的に形成されたところが非常に多く、排除するために採りやすい方法なんですよね。薬を使った、酔っぱらったというのはプロテスタンティズムの倫理に反するわけで、不真面目な人間に見えるんですよね。でも薬を使っている人が全員不真面目かというとそうではなくて、真面目な人が多い気がしています。